COLUMN
第一回:行動変容を促す二重の輪のコーチング「~したいのに~できない」悩みを解決
コラム連載【看護師の病院と家庭のコミュニケーションの『なぜ?』をコーチング技法で解決!】
TNサクセスコーチング株式会社 奥山美奈さんの看護師に向けたコラム連載です。病院、日常生活でのコミュニケーションの疑問や悩みを事例と一緒に打開していきます。医療現場に限らず、職場のマネジメントやプライベートでの人間関係にお悩みの方も是非活用してみてください。
第一回は「~したいのに~できない」や「~しなければいけないのに~できない」という場面で役立つ、「人の行動変容を促す質問の仕方」を看護師Aさんへのコーチングの成功事例でご紹介します。
禁煙したいのにできない!看護師Aさんの悩み
◯△病院 外科病棟に勤務する看護師Aさんにはこのような悩みがあります。
【Aさんの悩み】
「患者さんには「禁煙しないとオペ後、苦しいですよ」なんて禁煙を勧めてるクセに看護師の自分がタバコを止められません。これまで何度か禁煙に挑戦しましたが、ことごとく失敗。俺ってホントにダメな人間だなぁと思います。最近では止めることを止めている感じです。」
禁煙は「~したいのに~できない」型の葛藤を伴う根深い悩み事です。でも、二重の輪のコーチングがマッチすれば禁煙は成功しますよ。安心してください。
それでは、Aさんに質問をしながらコーチングを進めて問題を解決していきましょう。
ステップ1:相手の自信喪失を受け止めながら、「できない」原因となっている考えを導き出す
質問:「禁煙を止めているもの(考え)は何ですか?」
■Aさんの答え(この後の文章でこの答えを「aの答え/考え」とします)
「ずっとイライラして家族に八つ当たりしてしまう」
「ヤニパワーがないと仕事に集中できない」
「たばこ部屋の人間関係を失いたくない」
「たばこに金がかかるからその分、出世しなきゃと思えなくなる」
=「恐れ」
まず、相手の自信喪失を受け止めながら、「できない」原因となっている考えを導き出しましょう。
上記の質問はとっても優しく聴くのがポイントです。
質問に対して、Aさんからは上の4つの答えが返ってきました。これらはAさんが禁煙することを止めている「考え」で、「恐れ」です。
禁煙しなくちゃという「考え」とタバコを止めるという「行動」が伴わない不一致状態を人は心地よく感じません。さらにそこへ禁煙の失敗体験が重なるとAさんのように自信喪失に陥ります。
これは「リソースのない状態」と言い、目標達成するまでのエネルギーが相手にない状態を表しています。リソースとは資質、財産、活用できるものなどの意味で、リソースフルとはエネルギーが満ち溢れていて、非常によい状態や気分のことを言います。目標達成したい気持ちが80%以上なければその目標は達成不可能です。こんなときは、相手の自信を復活させ意欲的に目標へ向かうことができるようなサポートが重要です。
では、どのようにしてAさんの自信を復活させ、リソースフルの状態に導くことができるのでしょうか?
ステップ2:「できない」原因の考えの肯定的な意図を探り、尊重する
質問:「その考え(aの答え)を持っていて「得られてきたこと」は何ですか?」
■Aさんの答え
「家族や周りの人を大切にしてこれた」→(家族・調和を大切にしている)
「仕事を一生懸命やってこれた。結果が出せた」→(仕事・努力・成果を大切にしている)
「たばこ部屋の人間関係」→(調和を大切にしている)
「たばこに金がかかるからその分、出世しなきゃという意欲」→(意欲・成果・達成を大切にしている)
ステップ2の質問には、Aさんから上記の答えが返ってきました。これらのセリフはAさんが人生において大切にしているもの、つまり「価値観」を表しています。このように、ステップ2では答えの中にある価値観から、aの答えの背景にある肯定的な意図を探っていきましょう。
「Aさんは家族や調和、仕事や努力、成果を大切にしていらっしゃるんですね。時々、健康のことも考えて禁煙にもチャレンジされてきたということなんですね」と、これらの価値観すべてを尊重します。(価値観を尊重、肯定、統合)
Aさんは体のことを考えるとやっぱり禁煙した方がいいのかな(健康)、と思う一方で、家族や周りの人に当たり散らして調和を乱したり、仕事に支障がでたりするという考えが葛藤していて、禁煙に踏み切れずにいました。
そもそも大人は、人から言われて何かを決めるのを「よし」としません(心理的リアクタンス)。こんなとき、「~すべき反射」でこちらが禁煙、禁煙とうるさく言うと逆効果になりがちで、「禁煙した方がいいことくらい自分が一番わかってますよ!」と怒りを誘うこともあります(笑)。「~すべき反射」とは、正しいことに導かねばならないという考えからとっさに反論したり説教したりしたくなることを言います。医療者には多いです(笑)。
人間はムダなことはしないものです。よくない行動(たばこを止められない)の根底にはじつはその人を幸せにしている肯定的なことがあります。なので、いかに相手の根底にある肯定的意図を理解し、尊重できるかが解決へのカギとなります。
ステップ3:小さな成功体験を聞き、「できない」原因の考えを緩めてリソースを引き出す
質問:「これまで数時間でも1日でもいいので、長時間たばこを吸わなかったというときのことを教えてもらえますか?」
■Aさんの答え
「一度、1年辞めたことがあります。」
「風邪をひいて寝込んだとき、10日間吸えなかった。」
「海外旅行に行ったとき飛行機で吸えなかった」
=少しでも禁煙できた経験→リソースを復活させる材料にする
ステップ3ではAさんの自信を復活させ、リソースをどんどん引き出して自信に繋げていきます。
Aさんの答えにある「吸えなかった」は、「吸わなかった」「吸わずにいられた」などのようにプラスの言葉に変換して、「そんなに吸わずにいられたんですね」と成功体験を肯定します。禁煙を止めている考え(aの答え)を持っていても、辞められた期間があったことに気づかせるようにします。
自信を失っているときに未来のことを考えてもあまりいいイメージは湧きません。反対に「少しの期間でもたばこを止められた成功体験」を引き出し、たくさん話してもらうことで相手のリソースを復活させることができます。
「1年も止めてらしたんですね。よく食後の一服とか言いますが、食後はどう過ごしていらしたんですか?」というふうに詳しく聞いて、リソースフルになるようにふくらませるのがコツです(メタモデル)。人は過去にうまく行ったことを話しているとき、「ああ、1年もよく禁煙できたよなぁ。もう一回できるかもしれないな。」「1本吸ってしまってからヤケになって吸いだしたけど今思えば、禁煙はそんなに大変でもなかったかもしれない」なんて思いながら話します。過去の成功体験を丁寧に聴くと「なんかもう一回、禁煙してみようかなぁ」という気持ちを引き出すことができるのです。
もうひとつ大切なのは、「これまで数時間でも1日でもいいので、長時間たばこを吸わなかったときのことを教えてもらえますか」と、相手の返答が「ある/ない」で終わらない、オープンクエスチョンで聞くことです。この質問は「そういうときがあった」ということを前提にしているので、相手は「たばこを吸わなかった(吸えなかった?)ときのこと」を思い出して答えようとします。
答えが「ある/ない」で終わるクローズドクエスチョンで「長時間たばこを吸わなかったときはありますか?」と質問すると、自分に自信を失っている相手は深く考えずに「そんな時、ないです」と表面上で返してしまうことが多いです。相手をリソース状態に保ちながら、禁煙を止めている考え(aの答え)を持っていても、辞められたことを強調し、自信を復活させることが大事なのです。
そうしながら、ニコチンに関する正しい情報と禁煙が成功するための情報も提供していきます。情報提供を行う際は、「Aさんもご存じですよね」と相手を立てながら、「~だそうですね」と情報を伝えるのがポイントです。
■Aさんに対する情報提供の例
「ニコチンからの離脱症状は24時間~1週間がピークだそうですね」
「ニコチン濃度の低下で脳の覚醒レベルが下がり、煙草を吸うことで通常に戻るだけで集中力が増しているというのはまやかしのようですね」
「禁煙10年後の肺がんのリスクは約半分だそうですね」
ステップ4:「〜したい」が成功するための、新しい考えを作る
質問:「吸いたくなったとき、こんなふうに考えるとよさそうだという「新しい考え」はどんなものですか?」
ステップ4では上記の質問をして、Aさんの禁煙を止めている考え(aの考え)に相反するような「新しい考え」を作るお手伝いをします。出てこない場合は、ステップ3で情報提供した「ニコチンからの離脱症状は24時間~1週間がピーク」「禁煙10年後の肺がんのリスクは約半分」などを活用したり、勇気のでる「偉人のパワフルな言葉」や「ことわざ」を引用したりしてもOKです。
さらに、話しているAさんの表情の変化をフィードバックしてあげます。「笑顔が多く、声に張りがでてきましたね」などと伝えて、禁煙への再挑戦ができるようにやる気と自信をもっと引き上げていきます。
Aさんと一緒に、次のような「新しい考え」を導き出しました。
■禁煙ができない原因だった考え(aの考え)に対してAさんと考えた禁煙が成功するための新しい考え
「ずっとイライラして家族に八つ当たりしてしまう」 → 家族と仲良く一生健康に過ごすぞ
「仕事に集中できなくなるかもしれない」 → ニコチンで集中力があがるのはウソ
「たばこ部屋の人間関係が失われる」 → たばこを吸わなくても部屋にいけばいい
「たばこに金がかかるからその分、出世しなきゃと思えなくなる」 → 出世しても健康を失ったら意味がない
ステップ5:禁煙のための具体的な行動計画を立案する
ステップ5では「新しい考え」を実現するために、具体的な行動計画を立てるお手伝いをしていきます。
行動計画の一番目において欲しいのは、「新しい考え」をいつも見えるところに掲示することです。ここで重要なのは「努力しなくても目に入る」ように構造化すること。
例えば「新しい考え」を紙に書いて写真に撮り、携帯電話の待ち受け画面に設定したり、パソコンの画面にしたりと生活習慣に紐付けることができると禁煙の成功率が高まります。努力はなかなか長続きしないものです。なので、生活していると「新しい考え」が自動的に目に入ってくるように工夫をします。
「~したいのに~できない」型の葛藤を統合する二重の輪のコーチングとは「禁煙を止めている考え」を「新しい考え」に変化させて目標達成を目指すスキルなので、この「新しい考え」を常に自分に見せ、吸いたくなったときに自分にいい聞かせることができるようにするのが成功の秘訣となります。
■Aさんが立てた新しい行動計画
1. 新しい考え「家族と仲良く一生健康で過ごすぞ!」を目に入るところに掲示
2. たばこを止める宣言をする(家族、会社)
3. 吸いたくなったら深呼吸、「新しい考え」を唱える
4. 食後に散歩
5. たばこがなくても大丈夫になったらたばこ部屋に行く
6. 飲みの席にしばらくは行かない
質問だけで終わりにせず、具体的な行動計画を立てるところまでのサポートが重要です。
まとめ
たばこを吸うことでAさんは、今まで集中力、努力、仕事、調和、安心を得ていました。でも時折、かわいい子供の寝顔を見て「この子のためにも長生きしなきゃな」と、健康という価値観が浮上して「やっぱ、たばこ止めなきゃ」と禁煙に挑戦する。「でも失敗する」をくり返していて、自信喪失状態にありました。
自信を喪失し自己嫌悪に陥っているときに、こちらが責めるような関わりをしてしまうと相手と信頼関係は結べません。「~すべき反射」を手放し、ポイントをおさえた質問をすることで、相手の肯定的な意図を尊重しつつ、行動変容を促すことができるようになるのです。Aさんはもちろん禁煙に成功しました。めでたし、めでたしですね。
・「安静にしなくちゃいけないのに安静を守れない」
・「低栄養で食べないといけないのに食べれない」
・「リハビリしなくちゃいけないのに何かと休む」
なども今回の「禁煙したいけどできない」と同じ構造です。今回の質問のスキルを臨床現場で出会う患者さんとの関わりの中でも活用してもらえたら光栄です。
【イラスト】今回のコラムのまとめ
ここまで読んでくださりありがとうございました。 次回の更新もお楽しみにお待ちください。
Profile
奥山美奈
TNサクセスコーチング 代表取締役
教育コンサルタント、ICC国際コーチ連盟認定コーチ、高等学校教諭(看護)、看護師
エルゼピアジャパンe-leaning 接遇、上手な叱られ方講師
メディカ出版キャンディリンク講師
組織を患者、スタッフが引きよせられる「マグネット化」するための支援を行う「教育コンサルタント」。主に管理者育成、人事評価制度構築、院内コーチの認定を実施。
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コンサルティング実績
小倉第一病院、慈恵会病院、愛育会、竜操整形外科、鳩ヶ谷クリニック他
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著書
「共育コーチング」(日本看護協会出版会)
「新人・若手・学生のやる気と本気の育て方」(日総研 出版)
「対人力を磨く22の方法」(メディカ出版)
「看護学生のためのコミュニケーションlesson」(メヂカルフレンド社)。
取材、連載多数。
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